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ASIAN KUNG-FU GENERATION

ASIAN KUNG-FU GENERATIONがとにかく最高な4つの理由

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2016年、結成20周年を迎えたASIAN KUNG-FU GENERATION(アジアン・カンフー・ジェネレーション)。

20周年を記念して『ソルファ(2016)』をリリース。2004年にリリースされた名盤『ソルファ』の再REC版。控えめに言っても傑作。最高。ロックってこういうことな~~ってなる。

昔のアルバムを今のアジカンの全霊で作り直すとかいう、「強くてニューゲーム」を地で行くスタンス。音楽業界のプロアクションリプレイ案件です。

アルバム単体としての完成度はもちろん、アジカンというバンドの自己紹介として『ソルファ』『ソルファ(2016)』はすごく良くできたアルバムだと思う。古くからのファンも、このアルバムから入る新規ファンも大満足の傑作です。

僕はこのアルバムを聴いて思った。アジカンって、もはや邦楽ロックそのものじゃん、と。

今日はそんなアジカンのすごさを考えてみたい。

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1. 音楽的向上心・ハングリー精神

アジカンを決定的にアジカンたらしめているものが、この音楽に対する飽くなき向上心だ。

例えば、10年以上前のアルバム(しかも超ヒット作)を作り直すなんて一度売れたアーティストにとってみればリスクだらけで普通はやらない。

絶対に「昔のほうが良かった」という声の大きな古参ファンが発生するし、商業的にも普通に新作のオリジナルアルバムを出すほうが売れるに決まっている。

特に厄介なのは前者で、「アジカンは変わってしまった」「アジカンは初期まで」みたいな騒がしい連中がたくさん出てくると、一層新規のファンが入ってきづらくなる。こういうアルバムには「おれ昔から知ってるぜアッピール」のために、絶対に声の大きい自称古参ファンが湧いてしまう。そいつの自尊心のためにバンドが食い荒らされるような、うじ虫おじさん達が。はい。僕とかです。いえ、僕は本当にアジカンが好きだし『ソルファ(2016)』もすごく良かったので手放しで感動してますけど、やっぱりこう、好きなバンドがこういう企画をしてくるときは身構えちゃうわけでしてその…。うるせえ今度から気をつけるよ。

そういう逆風ばっかりの厄介な状況でもあえてこういうアルバムを出しちゃうアジカン。もう向上心の塊ですよ。

実際、いまだに「今の俺たちでどれぐらいの人間をハッとさせられるか改めて勝負してみたい」みたいなことをインタビューで言ってたりする。いまのアジカン以上の勝負ってもはやなんだよと。「超サイヤ人を超える超サイヤ人」みたいな話になってきてるぞ。

売れるバンドは、みんなこういうむき出しの向上心を維持し続けてる。これってやっぱりロックバンドに共通して流れる精神性なんだろうなあと素朴に思う。

2. 日本語の響き・ストーリー


ゴッチの書く詞は、すごく邦楽ロックに重要なインパクトを残してると思う。

例えば、

2時を指す影
輝く赤い木々の隙間を吹き抜ける風
切なさだけで 悲しみだけで
君の街まで飛べりゃいいのにな
(『君の街まで』)

とか

本当のことは誰も知らない
あなたのすべてを僕は知らない
それでも僕らは愛と呼んで
不確かな想いを愛と呼んだんだ
息を吸って 生命を食べて
排泄するだけの
猿じゃないと言えるかい?
(『新世紀のラブソング』)

とか、リズム・韻の気持ちよさはもちろん、語彙ひとつひとつの美しさをとっても素晴らしいし、ストーリー性もあいまって文学的ですらある。

散文詩で心情描写をごりごり詰め込む曲作りはBUMPのブレイク以来すごくポピュラーなものになったけど、それを誰よりかっこよく高度なものに仕上げたのがアジカンのゴッチ。

散文詩で見せる奥行きの深いストーリーを、小気味良く仕込んだ韻で「歌」として聴いて気持ちいいものにする。本人も言葉の響きに対してのこだわりは強くて、たびたび対談とかでそのこだわりを話してたりする。

いまの若いバンドは死ぬほどゴッチの曲作りを参考にしてると思う。実際に散文詩ベースで、サビに曲のテーマになる強い言葉を繰り返し使うのはもはや邦楽ロックの定番構成だ。曲のDNAをたどればどの曲も絶対どこかで『リライト』にぶつかるはず。

3. 自己評価

アジカンが10年以上もずっと変わらず売れ続けてるのって、極端に自分たちのことをよく理解しているからって部分が少なからずある。

例えば、『ループ&ループ』や『リライト』で世間的に大きな注目を浴びるようになった時代、メンバーたち自身は「身の丈にあってない売れ方しちゃったな」という感触でやっていたよう。売れたことでファンの中に出来る「すごいアジカン」という偶像と、実際のアジカンの実像のはざまにあるギャップに困惑しながらやってたと。

それで、そういうギャップを自覚できるというのは、売れるバンドにとってすごく重要な資質だと思うわけです。「客や周囲が求めてるのはこれぐらい」という偶像に自分たちを近づける営みなしに、バンドが評価され続けることはありえないわけで。

たとえばラーメン屋だって「この店はラーメンよりつけ麺のが美味しいんだよな~」って評判になってる店で店主が意固地になって「うちはラーメンが売りなんだ!つけ麺は廃止だ!」とか言い出したら閉店まっしぐらでしょ。そんな店長はスープにぶちこめ。

4. もう消費されない

アジカンのベスト盤を出したときのインタビューに、「今ベストを出してもTVに出ても、もう消費されないと思った」的なことを言ってたんだけど、この「消費」は邦楽ロックバンドにとって永遠のテーマなわけですよ。

バンドは、売れる過程で必ず消費される時期が来る。キュウソネコカミだって『ビビった』で

消費されて飽きられる前に 売れたいマジで

と歌ってる。

消費されて自分たちの思う音楽ができなくなったり、全く売れなくなるリスクを、邦楽ロックバンドは抱えている。

この普遍的な原理からアジカンは一歩抜け出て、「もう消費されない」領域に来ていると言ってるわけです。これは僕も全面的に賛同で、理由は単純に、邦楽ロックにとってアジカンはもはや切っても切れない存在になってしまったから。アジカンは、今のあらゆるバンドたちの手本だし、邦楽ロックのスタンダードにはアジカンが残したルールがたくさんあるからだ。

アジカン、すごくね。

おわりに

去年見たライブで、ゴッチが「俺たち昔「アジカンはロックじゃない」って言われてたんだぜ、マジで。ウケるよね」と言っていた。ウケる。いまや日本のロックってアジカンのDNAが流れてない部分を探すほうが大変なぐらいなのに。

当時声を大にして「アジカンはロックじゃない」認定をして叫びまわってたおじさん達、生きてますか。あなたのロック、生きてますか。アジカンは生きてます。

そのライブではちょうど『ソルファ(2016)』の制作期間だったこともあって、そこから数曲やった。上で書いたようなMCもあって、アジカン世代ど真ん中の僕はもう涙腺にどストライクよ。『君の名は。』とか観て泣いてんじゃねえ。アジカンで泣け。

僕はそこで聴いた『ソルファ(2016)』の曲たちから、ASIAN KUNG-FU GENERATIONというひとつのバンドの12年の変化以上に、邦楽ロックという一つの文化の12年を感じた。たぶんアジカンが音楽を辞めちゃうまでずっと聴くだろうし、辞めたとしてもずっと聴くんだろう。

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